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​精 霊

第一部 プリエスカ・理学院編

第4話「愛される者と呪われる者と」(4)

 広場の喧噪がひどく遠い。

 さっきまでは自分もまちがいなくあの騒がしい場所にいたのに、今は他に誰もいない廊下にロズウェルとふたりきりでいる。自分が目標とする人物と、向かいあって立っている。

 しかも彼女は、他でもない自分を試みるためにたたずんでいた――シフルには、まるで別世界のことのようだった。Aクラスに入ったばかりの日、初めて彼女を近くで見たときも同様の感想を抱いたけれど、今度のほうがその思いは強い。

 シフルはそうして興奮を覚えていたが、緊張してもいた。自分が「その他大勢」とちがうかどうかは、今のところ自己認識の限りでしかない。もしちがっていたら、自分は好敵手として彼女と向かいあうことをあきらめて、脇目もふらず逃げだすのだろうか。他の学生と同じように、決して手に届かない雲の上の人に対するがごとく、彼女やドロテーアを遠巻きにするのだろうか。

 高みをめざすがゆえに人を傷つけるということもなく、ただ傷つけられることを恐れて生きるのだろうか。

(『本当のこと』って、なんだろな……)

 ヒントは何ひとつ与えられていない。ただ、人気のないところへ、と言われて校舎の片隅に連れてこられただけだ。わかるのは、人目をはばかるということ。それは恐るべき物語なのか、恐るべき力の発現なのか、彼女がやろうとしていることの見当はつかない。シフルは、うつむきかげんの彼女をちらりと見やった。

 ロズウェルは、シフルを「試みる」ことを決めかねるかのように、みじろぎひとつしないでいる。そのあいだに、日がかげり、そして照った。雲が流れきては影をつくり、去ってはまた日があたる。ロズウェルの端整な顔に、光と影がかわるがわる差していく。

 やがて、シフルは口を開いた。

「試せって、オレが言っただろ。何を迷う必要があるんだよ」

 何を見せる気なのかは知らないが、それがいかなる結果になろうとも責任は自分にあるからかまうな、とシフルはいいたい。オレが、を特に強くいった。

「そうだな……」

 ロズウェルはまだためらいがあるようだったが、意を決したらしく顔をあげた。

 そうして、

「――キリィ」

 彼女は何者かを呼んだ。

 それから、手を差しのべる――すると、そこに手があった。差しだされた彼女のてのひらをしっかと握り返す、小さな手。

 白く小さい、幼児のものらしき手は、突如として現れただけではなく、光をまとっている。いや、正確には、最初に光が生じ、そのなかから手が伸びてきたのだった。とにかく、もともとそこになかったはずの手が、ロズウェルの呼び声に応えて姿を現したのである。シフルはまず、それだけで言葉を失った。

 しかも、手だけではすまなかった。続いて、手から腕、腕から肩、肩から胸、それに頭と、からだ全体が光のなかから滑りでた。

 いまだ幼い、少女のからだである。

 おそらくは十歳前後といったところだろう。それは、ひと言でいえば美しい子供だった。ぱっちりと開かれた瞳は、海のように深い青。短く、わずかにうねっている髪は、人間とは思われない――白さだった。

(これは……)

 少女の耳は、長く尖っている。人間としてはおかしな色素、それに尖った耳といえば、

 ――妖精。

 シフルは内心断言した。

 妖精に遭遇するのは二度めである。一人めは気がちがっていたが、とりあえず主な特徴は同じ。

 この短期間で二人も会えるなんて、とシフルは単純に感激した。というのも、精霊は召喚して力を発現させない限り目には見えないが、上級下級入り交じって大気にひしめいている。しかし、妖精はちがう。

 青い髪の気狂い妖精のために調べたのだが、精霊は実体のない《霊体》のままだと《安定》できないという。《安定》するために、彼らはいつも拠りどころとなる器を探しているそうだ。彼らが宿るのは植物や、犬猫をはじめとした動物で、人間にも宿る。ただし基本的に、器に生命のあるあいだは、精霊の入る余地はない。つまり、精霊は死骸に宿借りする。精霊が何らかの器に入ったもの、それを妖精と呼ぶ。

 妖精になることのできる精霊は非常に格が高い。ある学者は、少なくとも三級以上だといっている。彼らは彼らの価値観上《美しい》ものにしか宿らないから、自然、あまり《美しく》ないものに宿っているのが下級精霊、《美しい》器を勝ちとったのが上級精霊である。精霊界において階級は絶対であり、逆らえない。

 人間の器は、死体と化したところで、大半は精霊のお気に召さず朽ちる。ごくごく一部、極上の《美しさ》をもつものだけが、精霊を宿して二度めの人生を歩むのである。それが起こるのは、ものの話によると数十年に一度。

 精霊は生後十年以内に死んだ子供を好むというが、それでも早世した子供のすべてが復活するわけではない。それなら、子供を失って嘆く不憫な親は存在しなくなる。また、仮にその子供が《美しい》として上級精霊に選ばれたとしても、それはおおかた安置していた遺体の行方が知れなくなってから気づくものであり、喜びとともに子供の復活を知る親はまずいない。万が一そうなったとしても、生前の子供の人格とは異なるのだから、いずれその喜びも、子供が死んだときと同じ悲しみにとって代わろうというもの。

 そんなわけで、妖精は珍しい。妖精というだけでも珍しいが、人間に宿借りした妖精はもっと珍しい。だからシフルは、ロズウェルの手を握って姿を現した妖精を見たとき、ただ珍しい体験が重なったのを喜んだ。

(すっげー、目ェでっけー! カワイイなー。あの気ちがいはどちらかというと、とてつもない美人って感じだけど)

 シフルは妖精の愛らしさに心弾ませた。が、それは彼女がやってきたその瞬間だけのことで、すぐにその意味を悟った。

 ロズウェルが呼んだ、ということである。

 子供の姿をした妖精は、その属性の元素精霊長に近しい者だという説がある。それにまさしく該当するのが、目の前の妖精。火(サライ)、水(アイン)、風(シータ)、土(ヴォーマ)の四元素精霊長こそ、万象を司る存在だ。そのすぐ近くで仕えているかもしれない存在を、ロズウェルは一声のもとに召喚した。

「……エルフだよな?」

 シフルは念のため確認した。人間を器とする妖精は、エルフと呼ばれる。

「そうだ。水(アイン)の眷属で、通り名をキリィという」

 ロズウェルの声に反応して、キリィという名の妖精が顔をあげた。握りしめていたロズウェルの手を確かめるように触れてから、妖精は眼をみひらく。

「まあッ、セージ! やだ、久しぶりじゃない!」

 とたんに表情を明るくし、ロズウェルの首に飛びついた。「あなたちっともあたしを呼んでくれないんだもの! 他の水(アイン)は呼ぶくせにあたしのことはめったに! わかってるのよー? そんな遠慮しないで、もっと使ってくれていいのにーッ!」

 妖精は、その子供らしい外見に相応しくない、中年女のような口調でまくしたてた。ロズウェルの胸に自分の顔をぐりぐりと押しつけている姿には、妖精のあふれんばかりの愛情があらわれている。

 ――一級精霊が、こんなにも好意をあらわにしてるなんて。

 シフルは舌を巻く。ロズウェルは一級水(アイン)を召喚可能とすることで、《水(アイン)を讃える若人》の役に任命された。推測するまでもなく、この妖精のことなのだろう。

 彼女が一級を使役することは聞いていたけれど、じっさい目の当たりにすると改めてひやりとした。一級の精霊を使役する者は、理学院の学生はもちろん精霊召喚士でもそう多くない。それどころか、そういった者は一級精霊召喚士と呼ばれる超一流の召喚士で、プリエスカでも片手で数えるほどだ。

 妖精はシフルの存在など目に入らない様子で、ロズウェルにまとわりついた。やがて満面に笑みをたたえると、

「で、何の用なの? 誰か殺してほしいの? セージの頼みならなんでも聞いちゃうわよー」

 と、とんでもないことを言ってのける。妖精は人間的な倫理観とは無縁だ。ロズウェルも慣れているようで、平然と聞き流した。

「そこの子に、あなたを見せようと思ってね」

 ロズウェルは、自分の呼びかけに応えてやってきた妖精のため、わずかに笑顔をみせた。妖精は心底うれしそうに笑い返し、

「あら、友達?」

 と、ようやくシフルに気づいた。「やっと新しい友達ができたの? よかったわね――……」

 そして、なぜか沈黙した。そのとき、妖精の顔色が変わったのを、シフルは見逃さなかった。

(……? なんだ?)

 理由は計れないものの、シフルには妖精の心の変化が手にとるようにわかった。少年は動揺する。妖精の変化の原因は、明らかにシフルにある。

 ――まさか、ルッツやロズウェルのいうオレの《異質》が、妖精には見える……?

「ダナン。キリィは、私に仕えてくれている水(アイン)の一級妖精だ」

 ロズウェルは、二人のあいだの奇妙な空気には気づいていなかった。

「仕えて?」

 シフルは息を呑む。意味がわからなかった。精霊は人間に力を貸しこそすれ、服従しているわけではない。でも、彼女の言葉はその意味にしか聞こえなかった。

「私は妖精憑きだよ」

「妖精憑き……?」

 シフルは狼狽を押し隠して尋ねた。それは、教科書に出ていただろうか?

「妖精を自分の僕(しもべ)として従えている者だ。僕となった妖精は、主人に《名前》を知られることで強制的な支配を受けるから、主人は気兼ねなく力を使えるというわけだ」

「……」

 シフルは黙った。「試みる」というのは、こういうことか。そりゃあ、一級妖精を自在に操る人間を、真剣に追いかけようとする学生はいないだろう。格がちがいすぎる。六級や七級を召喚するにも大変な思いをしている者が、元素精霊長級の力をもっている相手と張りあおうなど、むりがある。遠巻きにもしたくなるというものだ。

(でも、オレは?)

 ――オレはそれでも、ロズウェルを好敵手だといえるのか。

 シフルはしかし、答えを出せなかった。自分が「その他大勢」と同じなのか、格の差を知ってもなお彼女を追いかけるのか。もちろん、自分が「その他大勢」だとは認めたくない。が、ロズウェルと自分では、現実問題、力の差がありすぎる。

(せっかくロズウェルが自分を認めてくれるかもってときなんだ、絶対逃げだしたくない。だけど、……むりはむりなのかもしれない)

 シフルは押し黙った。今は答えを出したくなかった。

 対するロズウェルは、シフルの答えを待っているふうである。少年は返答に迷った。

「……あなたまさか、《メルシフル・ダナン》?」

 沈黙を破ったのは、ロズウェルにかしずく妖精だった。

「へぇ、すごいな。聞かなくてもわかるのか?」

 シフルは名前を当てられて、驚きまじりに聞き返す。そういえば、母の使いだと言い張った狂人妖精も、シフルの名前を知っていた。

「……いえ」

 妖精は返答しながらあとずさり、ロズウェルの陰に隠れた。明らかにシフルを警戒している。

「あなたの《血》が特殊だから。精霊のあいだでは知られた名なの」

「《血》って……特殊って」

 なぜかキリィに恐れられているのと、突拍子もないことを告げられたのとで、シフルは呆気にとられた。

「もしかしてあなたも召喚士になる気?」

 キリィは続けて質問を投げかける。

「……ああ。できれば」

 おそるおそる肯定する。キリィが何を言わんとしているのか、おおよそ読めてしまった。

「そう……」

 妖精はうつむいた。彼女がゆっくりと口を開くのが見えた。シフルはその先を聞くのが怖かった。だが、聞かなければならない。それが変わりようのない事実なら、残念ながら早いに越したことはないのだ。

「かわいそうなメルシフル」

 妖精の青い瞳が、真摯にみつめてくる。その瞳には、恐れではなく、心からの同情があった。シフルは困惑した。

「言っておくけど、あなたはね……、その呪われた《血》ゆえに、三級以上の精霊の力を借りられないのよ」

 ――……なんだって……?

 シフルは言葉もなく立ちすくむ。けれどすぐに、

「どういうことだよ。知らない、そんなこと。《呪われた血》って、いったい――」

 と、問い返す。

 キリィは苦々しい顔で、少年に答えを与えた。

「呪ったのは、あたしたちの精霊王さま……すべての精霊を統べるかた、真に万象を司るかたです」

 ――《精霊王》……。

 知らない、そんなもの。シフルは呆然とつぶやいた。実際、そんな名前は初耳だった。

 

 

 万象を司るは、火(サライ)、水(アイン)、風(シータ)、土(ヴォーマ)の四属性の精霊である。四つの力は互いに拮抗し、混じりあって世界を構成する。そして、ひいては各属性全体を統べる四つの元素精霊長こそ、万象を司る存在なのだ。――それが、シフルのもっていた知識であり、理学院召喚学部や元素精霊教会のおしえだった。

 ――《精霊王》……?

 真に万象を司る存在としての《精霊王》。精霊讃歌や教科書では見かけない名前。

「《精霊王》って……?」

 シフルは少しだけ冷静さを取り戻すと、キリィに問う。

「元素精霊長の上に君臨なさるかた。多くの属性は、精霊王さまの支配のもとに」

 キリィは淡々と答えた。極力そうしようと努めているかのようだった。

「――でも、なんで……。なんでそんなものが、オレの血を呪う必要があるんだよ」

 定説や学説が誤っているのはままあることだ。シフルには、それまでの知識が覆されたことへのこだわりはない。しかし、最大の疑問を押さえておくことはできなかった。

「ごめんなさい」

 そう小さくつぶやいた妖精のまわりに、光が集まってきた。「私もこれ以上あなたと関わると、呪われてしまう……。悪いことは言わないわ、召喚士はあきらめなさい」

 じゃあセージ、またね、そう言い残し、キリィは光のなかに姿を消した。

「キリィ! 待って」

 ロズウェルはあわててその名を呼んだ。が、主人の呼びかけさえ、妖精を止める力はなかった。

 白い髪の妖精は去った。

「……ダナン――」

 カラン、カラン、と鐘が鳴っている。午後の授業開始の音だ。それは、ひどく頭に響いた。

「すまない……、私がキリィを呼んだりしたからあんなこと……」

 ロズウェルは、そもそも何の目的で妖精を呼んだのかも忘れて、シフルに謝罪した。シフルは反応を返さない。

「ダナン!」

 ロズウェルはもういちど少年の名を呼び、彼の肩を叩いた。びくり、とその肩が震え、弱々しい眼がロズウェルを見返した。

「……あ、ああ、いいよ。どうせいつか気づいたことなんだろうし。キリィは……親切で言ったんだろうし」

 彼女は《精霊王》の呪いが自分にも降りかかることを恐れつつも、シフルに同情的なふしがあった。つまり、キリィ自身がシフルに悪意を抱いているわけではない。すべては《精霊王》に起因する。

「傷口は浅いうちにってやつだ、オレは大丈夫。さてと、次の授業行こうぜ? 剣術は出席点大きいから、急いで行かないとな」

 シフルは明るく装って言った。踵を返し、歩きだす。

「……ああ」

 返事したロズウェルは、釈然としないふうだったが、それ以上なにも言わなかった。

 言って何になるだろう――黙って、シフルのあとからついていく。

(私の些細な望みが、彼の希望を打ち壊したんだろうか)

 彼女はひとりごちた。――これで、何度めになるのだろう。誰かの人生を狂わせるのは。

 彼女は、絶望的な気持ちで思う。彼には、いつか「本当のこと」を伝えられたらいいと、思っていたのに。……

 

 

(オレの、《呪われた血》……)

 シフルは剣術の時間、練習用の剣を握りしめたまま座りこんでいた。(親父が? 母さんが……? ――二人をなじってみても、《血》が変わるわけじゃない)

 どうしようもない、ということだ。いくら努力を重ねてみても、《精霊王》に呪われているからには三級以上の精霊は力を貸してくれないと、他でもない妖精がいっている。三級以上の精霊が召喚できないのでは、たとえ精霊召喚士になれたとしても三流以下。それぐらいなら、あきらめたほうがましではないか。

「ねえ、シフル。やる気ある? ひょっとして、まださっきのこと怒ってるとか?」

 模擬剣で頭を小突いてきたのはルッツだ。シフルが珍しくふてくされているので、彼なりに心配しているようでもある。

「やる気、あるよ。それに、怒ってないよ、別に」

 シフルはそう答えてむりに立ちあがり、模擬剣を握りなおした。が、ルッツと打ちあいはじめるや、剣が弾きとばされるのを見た。

「やる気が聞いて呆れるね」

 彼はさっさとシフルの相手をやめた。惚けきった少年の前にしばらくしてやってきたのは、ロズウェルである。今日はこばかにするそぶりはなく、ただ試合を申しこんできた。シフルはいちおう彼女との試合に臨んだが、カン、という小気味のいい音とともに叩き落とされた剣をみるにつけ、ますます気力をなくしてしまった。

(オレに比べて、なんでこいつはこんなに恵まれてるんだ?)

 そんな思考にとらわれはじめたシフルは、床に落ちた剣をみつめたまま動かない。(こいつはこんなにもたくさんのものを持っているのに、なんでオレはろくなものを持たない?)

「……ダナン。減点されるぞ」

 彼女は彼女なりに気をつかっているらしかったが、今のシフルにはどうでもよかった。ただひたすら、思考の渦に呑みこまれていく。

(ロズウェルは頭もいいし、剣も強い。舞踊も。何より、精霊に愛される才能がある。あんなにエルフに愛されて。……もし召喚士になって宮廷に入ることになっても、絶対うまくやっていける)

 ――ロズウェルは、オレの欲しいすべてをもってる。

 その日は、そのあとの授業もさんざんだった。何度、教師に注意されたかも、シフルは覚えていない。

 

 

  *

 

 

 シフルはふらふらと階段を昇る。

 今日ほど《彼》に会いたいと思ったことはない。もし《彼》に会うという願いが聞き届けられたなら、まずは今日あったことを話し、次にゼッツェで吹く曲を一緒に決めて演奏し、日が落ちるころに「また明日、ここで」と言って別れたい。そんな当たり前のことを《彼》とともにできていたら、きっとちがっていただろう。明るく、もう召喚士はあきらめる、と宣言できたかもしれない――雑談の気軽さで。

 でも、今日も《彼》は音色でしか現れないだろう。シフルはひとり、劣等感と絶望感に苛まれながら展望台にたたずむしかない。それから、ひとり寮に帰る。寮には傷つけた友人が待っている。さらに、友人以上に絶望した自分も。

 シフルは暗澹たる思いに襲われ、それを振り払うように顔をあげた。

 展望台に人影がある。

(エルフ……)

 それは、あの青い気ちがい妖精だった。シフルの脳裏に、キリィの顔がよぎる。

「力を借りる気になったか? メルシフル」

 妖精は前と同じ質問をしてきた。例によって表情の変化に乏しい、美しい容貌で、妖精は淡々と問いかけてくる。シフルは少しほっとして、しかし声を出す気力がなく、ただ首を横に振った。

「なんだ、元気がないな。どうした」

 もう一度、首を横に振る。

 シフルのだんまりに、妖精は眉をひそめた。

「とうとう力が必要になったんじゃないのか? え? そうだろう」

 と、半ば断言するようにいう。「メルシフル。……おまえが前向きでいられるよう、あのかたはいつも願っている。そのために、俺は力を貸しにきたんだ。つまり、今はそうでないとしても、いつか力を借りざるをえないときがくる。それはおまえのからだにあのかたの血が流れる以上、やむをえない宿命。受け入れるしかないんだぞ」

 いいな、受け入れろ、と《彼女》は念を押した。シフルは、半分は聞いており、残り半分は聞いておらず、

「……オレの《血》にはいったい何がある? 呪われてるのか?」

 と、焦点の合わないまなざしを妖精に向けた。

「呪われた? とんでもない! そのまちがった認識をすぐに正せ、メルシフル」

 妖精は力いっぱい否定した。「おまえの血に流れるのは、愛情だ。すばらしいことに、半分はあのかたの麗しい愛情!」

 そこまで言って、妖精はシフルがうすぼんやりしているのに気づく。少年の両頬を押さえると、強制的に自分のほうに向かせた。言い聞かせるように、ゆっくりと話しはじめる。

「いいか、メルシフル。愛情あふれるあのかたが、おまえに力を与えようとおっしゃっている。おまえが決心すれば、の話だが」

《彼女》のクーヴェル・ラーガ(青い石)の瞳が、シフルをまっすぐにみつめてきた。「決断は早めにしろ。別に俺の顔を見てしろとはいわない。いつでもいい、そうと決めたら俺を呼べ。そのときはすぐに行く。俺の名は便宜上ではあるが――空(スーニャ)という。わかったか? 覚えろよ、そうでなければ呼べないだろう。いいな?」

 ん? と念を押され、シフルはわけもわからずうなずいたが、実際のところ《彼女》の言葉など頭に入っていなかった。キリィの言葉が頭を埋め尽くしていて、そんな余地はなかった。

 シフルは階段を降りはじめ、

「……なあ、おまえ、《精霊王》って知ってる……?」

 と、問いかけた。

 答えはない。口のなかでつぶやいただけなので、声が届かなかったらしい。《彼女》は、何だ、と聞き返してきた。

「……なんでもないよ」

 シフルはぽつりと言って、帰るべき方向にむきなおった。

​To be continued.

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