精 霊 呪 縛
第二部 ラージャスタン・アグラ宮殿編
第8話「絡まる糸」(4)
ラージャスタン皇太子たる青年シーダが、旅する火(サライ)の元素精霊長たる娘・サラエと出会い、恋に落ちた。
その娘が本当に火(サライ)の元素精霊長かどうかは伝説の語るところであり、真偽のほどは定かではないが、皇太子シーダが少年期に出奔して何年も各地を放浪していたこと、その途中でひとりの娘と想いを通わせるも結ばれなかったこと、帰還・即位後に火(サライ)単一信仰に傾倒していったことは史実である。シーダは即位するやいなや火(サライ)崇拝を国教に指定し、それ以外の宗教を禁じた。
かくしてホラーシュ地区には、最後にして究極の信仰として火(サライ)の祭壇が築かれる。悲恋物語の側面をもつ火(サライ)伝説はラージャスタン民衆に愛されるようになり、火(サライ)崇拝はラージャスタン全土に定着していく。その一方で、シーダ以降の皇帝一族は火(サライ)の深い愛と恵みに浴することとなる。あるいは、火の精霊(サライ)たちもラージャスタン民衆が自分たちに寄せる特別の親しみに気づいたのかもしれないし、ラージャスタンの国土には自然が豊富で、もとより精霊の絶対数が多いという側面もある。
「《話を休戦記念日の儀式に戻しましょう》」
と、キナリーは言った。「《結論をいいますと、休戦記念日の儀式とは、今なお残るホラーシュの宗教建造物群を訪れ、祈りを捧げること——通称『ホラーシュ詣(もうで)』です》」
要するに、ラージャスタンは領土拡大の時期に数々の信仰のあいだで揺れ動いたのち、究極の信仰として火(サライ)崇拝を選んだ。そうした歴史が凝縮されているのが、ホラーシュ地区の宗教建造物群である。
最終的に火(サライ)を崇め奉り、火(サライ)の守護を受けるようになったのも、彷徨の過去あってこそだ。ラージャスタンがここまで大きくなったのも、幾多の宗教と、自国・他国を問わない人々の犠牲が必要不可欠だった。よってラージャスタンでは、建国および最初のシキリ侵攻以来、年に一度のホラーシュ詣をすべての者に義務づけ、信仰の残骸と犠牲者とを悼みつづけている。
「《犠牲者を悼むってことは、ホラーシュにはお墓もあるんですか》?」
シフルが質問すると、
「《ええ、ありますよ》」
キナリーはうなずいた。「《古き神々の祭壇や礼拝堂のまわりには、侵攻時の死者で身寄りのない者や、処刑された王族などの遺体が埋葬されています。ホラーシュ詣は、地区内のすべての祭壇、礼拝堂、聖人廟、名も残っていない者たちの墓とを巡り、それぞれの方式で祈り弔うのです。黒い袴はむろん喪服にあたり、毎年新調する決まりになっているのは、それを縫っている時間はこの国の過去と死者とに思いを馳せるためです》」
「ふーん……」
プリエスカでは、王家たるコルバ家がロータシアを滅ぼしたとき、旧帝国色の強い祭日はおしなべて廃止になった。祝祭日は基本的に、百年以内に制定された新しいものばかりである。暦もロータシア時代とは異なるものを採用しているため、元日すらも昔とはちがう。学校で習わない限り、ロータシア以来の長い歴史を感じることなどできない。その点、ラージャスタンは根強い火(サライ)単一信仰の国でありながら、さまざまな信仰を渡り歩いた望ましくない時代のことも、人々の記憶から抹消しようとはしない。
変節の歴史こそ、「古き大国」たるラージャスタンの誇りの源なのだろうか。プリエスカはそれをむりに払拭しようとしたから、いつまでも新興国との誹りを浴びるのか。シフルが考えこんでいると、
「《先生の口からはっきり聞いておきたいのですが》」
と言って、セージが手を挙げた。
「《何でもどうぞ》」
キナリーは微笑む。彼女は毅然と面をあげ、
「《それをなぜ、現在は休戦記念日に行うんでしょうか》」
と、尋ねた。「《もともとの日のままではいけなかったのですか》」
「《それは……、先ほどダナン君が言ったとおりでしょう》」
キナリーの口調は重くなったが、微笑は絶えない。「《かつて、ホラーシュ詣は建国記念日の習慣でした。ラージャスタンの栄光を讃えるとともに、過去の犠牲をも忘れてはならないという意味あいです。日付は休戦記念日になろうとも、本質はそう変わりはしないでしょう。いずれにしても、我らが皇帝陛下の崇高なるご判断ですから、私ごときの意見すべきところではありません》」
《今日の講義は以上です》と、キナリーは話を切りあげた。心なしかいつもより落ちつかない様子で腰をあげた老教師は、《ダナン君の袴製作は一日遅れになりますが、大丈夫、じき追いつきますよ》と少年の肩を叩き、急いで客室をあとにした。ルッツが、先生を送りがてら書庫に行ってくる、と追いかけていく。先日もキナリーに書庫を案内してもらっていたところをみると、どうやらルッツはこの老教師を気に入っているらしい。
二人を目で見送り、視線を近くに戻すと、セージとオースティンの二人がひどくむずかしい顔をしていた。メイシュナーも苦々しげだったが、二人ほどではない。シフルも、セージの最後の質問のおかげですっかり気分が沈んでしまった。ラージャスタンが儀式を使ってまで忘却を拒んでいる屈辱の記憶は、シフルたちの国が与えたものなのだ。
「あー……、きたよ、コレ」
メイシュナーがうつむきかげんにぼやいた。「『複雑な立場』?」
「ああ、ボルジア助教授の」
自分で言いだしたくせ、セージも気が重そうである。「わかっていたとはいえ、厳しいな」
「じゃあなんで、あんなこと訊くんだよ? ロズウェル」
「まともに応えてくれそうな唯一の人だったからだよ」
メイシュナーの問いかけに、セージは即答した。「他の人間に訊いたら、たぶんごまかされる。この留学に『何かありそう』なのはとうに予想してるんだから、ごまかされればよけい背筋が凍るだろう。それよりは、早いうちに私たちのおかれた立場をはっきりさせようと思って」
「どっちでも心が寒いっての。つーか、こっちのが怖えーよ」
メイシュナーは身震いした。「正面きって、『あんたらはおれらの敵だ』って言われたも同然だかんな。表現自体は遠回しでも」
「メイシュナー」
セージは瞳にだけ深刻さをたたえて、にっこりと笑う。「知らないうちにまわりが敵だらけなのと、知ってて敵だらけなの、どっちがいい?」
「いらんこと訊くなよ、バカ女。……あッ」
メイシュナーは唇を尖らせ、それからすぐに口を噤んだ。他でもないラージャスタンの皇女婿がこの場にいることを、今になって思いだしたのである。セージが黙って黒い眼を細めたところを見ると、彼女は知っていてこんな会話を続けたらしい。メイシュナーはうろたえ、オースティンの顔色をうかがった。
オースティンは勢いよく立ちあがる。メイシュナーはびくりとしたが、彼にはかまわず客室を出ていった。メイシュナーは胸を撫で下ろした。
「ところで、バカ女って私のこと?」
セージは話題を換える。とはいえ、表情には本気の怒りが滲みでているので、話題転換の口実とも言い切れない。安堵したのも束の間、メイシュナーはぞわりと肩を震わせると、
「……言葉のアヤですすんません……」
と、ひきつった笑顔で隣室に引き揚げていった。さしもの彼も懲りたらしい。
「じゃあ、今日はこれで終わりだから、ゼッツェでも吹こうか」
セージはさっさと切り替え、シフルに笑いかけた。
「うん。昨日は全然吹けなかったしな」
天気は快晴、空は暮れはじめ。庭園はうっすらと朱色に染められ、雨季のただ中でも、名に負う風景そのものだった。シフルとセージも夕日に照らされて、風景の中に溶けこんでいた。
「あ、橙色の髪」
と、セージがうれしげに笑みをこぼす。
「?」
「シフルの髪は銀だから、まわりの色に染まりやすい」
「ああ」
シフルは、ゼッツェを持っていない左手で前髪をつまんだ。自分ではわからないが、それはそうだろう。前髪を放し、セージの髪に視線を投げる。肩の上で小刻みに揺れる髪は、赤く輝いてはいるものの、染まりそうにない。だからどうということもないが、らしいな、とシフルは思った。自分が染まりやすいというのは、少々不本意ではあるけれど。
「で、何にする? そういや、曲の問題は解決してないんだっけ」
「そうだね。今日こそオースティンに訊く?」
「いや、それはいいよ」
オースティンとは、当分のあいだ関わらないでおきたかった。顔を見れば、また時姫のところに連れていけと言いだすにちがいない。
「あのさ、書庫に行くってのは? 探せば楽譜ぐらいあるんじゃないか?」
「そっか、ラージャスタンの曲をやればいいんだ。思いつかなかった」
セージは手と手を顔の前で合わせた。「急ごう、シフル。もたもたしてたら、日が暮れちゃうよ」
少年を手招きしながら、彼女は小走りに廊下へ戻っていく。シフルはあわてて追いかけ、セージの横に並んだ。
「そうだ、さっきの話だけど」
息を切らせつつ、シフルは尋ねる。「朝の客舎であの人が何かしてたって、何の話?」
「ああ、あれ」
セージはまったく息を切らせることなく、少年に応じた。「シフル、あれで全然気づいてなかったんだ? そうとう疲れてたんだろうけど、逆にすごいよ」
「ええ? あの人、いったい何したの?」
気づかないほうがすごい? それほどにとんでもない真似を、オースティンが朝の客舎でしでかした?
「でも、ルッツやメイシュナーもたぶん知らないよな?」
「ドロテーアはあのとき車酔いと船酔いだったし、メイシュナーもずいぶん寝つきがよかったみたいだけど、二人はしょせん当事者じゃない。当事者のシフルがまったく気づかないってのは、ある意味感心する」
「ええっ、何かされたのってオレ?」
予想外だった。首をひねってあの日の記憶を探ってみても、一切思いだせない。何にせよ、オースティンの行為の対象がシフルであるなら、さっきの「男にいたずら」云々の話からして、
「……オレ、あいつにいたずらされた?」
果てしなくいやな響きに、シフルは立ち止まる。
「そうだね」
セージも足を止めた。「いたずらといっても、寝ているシフルを揺さぶってただけだけど」
「はあ? なんで?」
どうして、まだ知りあってもいない皇女婿に揺さぶられなければならないのか。
「隣でうとうとしてたら、シフルたちの部屋から声が聞こえてきた」
セージは答えた。「おい、起きろ、訊きたいことがある——って」
「それってオースティンが?」
「そう」
セージは肯定する。「そのあとラーガさんが来て、メルシフルは疲れているから寝かせておいてやれ、って。オースティンはあのときもやっぱりラーガさんが目的だったみたいで、昨日の話と関係のありそうなことを訊いてたよ。答えてもらえなかったけどね」
——頼む、あの話が本当なら、教えてくれ。おまえはなぜ——
——メルシフル以外の人間に、何かを教えるつもりはない。
「……それって」
シフルは眉をひそめる。「『おまえはなぜ』……、『トゥルカーナを捨てたのか』ってやつ?」
「だろうね」
セージは相槌をうった。「オースティンは、ずいぶん英雄クレイガーンの失踪のことを気にしてる。彼の前で例の仮説を口にしたのは失敗だったかな」
(暗殺説)
シフルの「実の母」であり、当時精霊王の寵愛を一身に受けていた時姫が、クレイガーンを殺したとするセージの説だ。脳裏に、夢でみた時姫の姿がよぎる。
(……でも、どうしてオースティンは五百年前の先祖なんかを気にするんだ?)
シフルはひとりごちた。(それを知ってどうする? 五世紀前の人間の行方なんか知ったところで、何も変わらない)
——ビーチェ、本当にあんたが、クレイガーンを……?
答えはない。決意にも似た思いを秘めて、少年は長い廊下を渡っていく。
サイアト宮にたどりつくと、セージとともに楽譜を探した。民謡、火(サライ)讃歌、その他の精霊の讃歌、先日のキナリーの講義に出てきた被征服国の古い信仰にまつわる歌など、さまざまな種類の楽譜が整理もされず収められていた。すぐにでも合奏できそうな楽譜を一冊選び、ふたりは書庫を出た。
「ドロテーア、書庫に行くって言ってたけど、いなかったな」
セージがぽつりという。が、シフルは時姫の件でいっぱいいっぱいで、彼女の示唆したところはわからなかった。
その日ふたりは、ラージャスタンにやってきて初めて、まともにゼッツェを演奏した。しかし、シフルもセージも上の空で、とちってばかりいた。ふたりして、今日はだめだね、と言いあったとき、客舎に入ってきた人物がいる。
シフルもセージも、薄闇のなかをやってくる彼の姿に息を呑み、
「……オースティン?」
少年公子は顔をあげ、据わった眼をシフルにむける。
「——空(スーニャ)の妖精を呼べ」
少年は言い放つ。「連れていけ。おまえの『実の母』のもとへ」
シフルはセージと顔を見合わせた。
「状況が変わった。もうおまえの顔色をうかがっている暇はない。いいから連れていけ」
「はあ?」
「安心しろ、おまえを罪人にする気はない。悪いのは僕だということにすればいい。実際そうだしな。幸い、証人もいる」
オースティンはセージを一瞥した。彼女が警戒心をあらわにしたとき——少年公子は地面を蹴った。
次の瞬間、オースティンはシフルを羽交い締めにしていた。シフルはあっと声をもらす。小剣のようなものが、喉もとで光っていた。
「——シフル!」
「いいか、サルヴィア。メアニーが来たら、こう言え」
オースティンは少年に刃を突きつけたまま、告げた。「皇女婿オースティン・カッファが、メルシフル・ダナンを懐刀で脅して空(スーニャ)の妖精を召喚させ、宮殿の外に出た——と」
* * *
春学期が始まって三日。王都グレナディンは祭の空気に包まれていた。
第一の火(サライ)の月十四日の休戦記念日は、十六年前の同じ日にラージャスタンのあいだで結ばれた休戦協定を記念する、プリエスカでもっとも重要な祝いごとのひとつだ。
この日は、グレナディンの街のいたるところに露店が立ち並び、大道芸人たちは今が稼ぎ時とばかり色とりどりの輪や玉を投げる。普段はいやというほど勉強させられる理学院も、この日だけは休みになるけれど、春休みが終わった直後の休日というのは、どうもありがたみが薄かった。
けれど、アマンダはこの日が好きだった。恋人でも友達でも、そのときどきの好きな人たちと連れだって祭を見物するのは、とても楽しい。アマンダがミドルスブラから王都にのぼってきたのは三年前の冬だから、ここで春を迎えるのはもう三回めになる。一度めは、初級(エレメンタリー)クラスで仲よくなった女の子たちと、二度めは好きだった男の子と。
秋ごろまでは、三度めの休戦記念日はシフルとユリスと三人でまわるのだと、思っていたけれど。
(どうしてかな)
アマンダは胸の奥でつぶやく。(どうして、こうなっちゃったんだろう?)
彼女の表情は晴れない。人々が酒や串肉を片手に笑いさざめくなか、ひとり沈むアマンダは周囲から浮いていた。連れの男がやたら上機嫌で何度も話しかけているのに、彼女が顔を曇らせっぱなしなので、傍目にはさぞかし滑稽に映っただろう。もっとも、誰もが浮かれている祭の日、いかにも気持ちの通じあわないふうの若い男女になど、注意を払う者はいなかった。
「おいアマンダ! 見ろよあれ! すごくね?」
長身の男は、アマンダの肩を引き寄せた。「そうだアマンダ、綿菓子買ってやるよ。ちょっと待ってな」
金髪の男は満面に笑みを浮かべて、駆けていく。アマンダの表情が先ほどから少しも変わらないことに、男は気づかない。
男はアレックス・ルヴォン、現在理学院召喚学部のDクラス生である。アマンダが彼と休戦記念日の祭をまわるのは二回めだった。
が、去年の祭がときめきに満ちたものだったのに対し、今年はちっとも楽しくない。アレックスはCクラスのときに知りあってつきあいはじめ、去年の祭はまだ蜜月期だった。祭のあとしばらくして、アレックスを好きでないことに気づき、別れを切りだした。その際どうせだからと、彼が一時期二股をかけていたことを理由にした。よって、アレックスのほうはどうあれ、アマンダにとって彼はもう「好きな人」ではない。
(そういえば最初に冷めたのって、アレックスが人の話を聞かないからだった)
アレックスの背中を見送りながら、アマンダは思う。頼んでもいないのに、綿菓子を食べさせられるなんて、迷惑以外の何ものでもない。だいたい、アレックスと寄りを戻してからというもの、彼の押しつけがましい親切のせいで少し太った。女の子は確かに甘いものが好きだが、そういつもいつも辛抱せずがっついていると思ったら大まちがいだ。
(なんでこんな人と一緒に祭なんか見てるんだろう)
アマンダは商店の壁に寄りかかる。(なんだか夢みたい。春休みの前まで、シフルたちと一緒に過ごしてたはずなのに。それが、どうしてこんな……)
「アマンダ!」
アレックスが綿菓子を手に走ってきた。アマンダはにっこりと微笑み、手を振った。
彼は、隣にいるときは相手の顔も反応も頓着しないくせに、親切を押しつけるときだけは相手のいい反応を期待する。そして、ここでそれらしく振るまっておかなければ、また彼は何か言いだすにちがいなかった。あの夢が終わった瞬間、春休み前の《ワルツの夕べ》の夜のように。
——二股だって? そんなの、別れる理由じゃなかっただろ! というよりむしろ——
(Dクラス落ちのバカのくせに。どうして、よけいなことにだけ勘がはたらくの?)
アマンダは愛らしい笑みで応えつつ、内心毒づいた。(最低。死ねばいいのに)
「ありがとう、アレックス」
彼女は綿菓子を受けとった。アレックスの視線に促されるまま、指でそれをちぎって口にふくむ。
「うまいか?」
「甘ーい! アレックスもちょっと食べる?」
「おう」
こんな嘘みたいなやりとり、何がうれしいのだろう。どうしてアレックスは、ここまで意地になるのだろう。
ひょっとすると、男友達に頼んでカンニングを密告させ、彼を無期停学に追いこんで自然消滅に持ちこんだことも、アレックスは知っていて黙っているのかもしれない。アレックスもまた、自分とつきあっていたころを夢のように感じていて、とっくに壊れていることをわかっていながらも、執着しつづけているのかもしれない。
(だとしたら)
と、アマンダは思う。(いちばん悪いのは、勘ちがいした私、か)
——最低なのも、私。
アマンダも、それを知っていた。知っていて、アレックスのせいにした。おたがいさま、というには、少々こちらの負うところが多すぎる。
けれど、ときおり思いだす。アレックスと別れたあと、勉強に専念するようになって、やがてAクラスに昇級できた。
同時にAクラス入りしたというどうでもいい仲間意識だけで、シフル、ユリスと友達になったけれど、どうしてだろう、あの二人は今までの男友達とちがった。二人が、とりわけシフルがどことなく子供っぽくて、女の子に飢えているようなところがなくて、学生同士のつきあいというより、幼児同士がじゃれまわるように一緒にいられたからかもしれない。あの二人といると、柄にもなく無邪気で、いい子でいられた。
ずっとそのままでいたかった。でも、長くは続かなかった。シフルは見かけによらず才能のある人で、Aクラスに入ったばかりで六級精霊召喚に成功しただけでなく、五級精霊召喚も成し遂げ、果てには空(スーニャ)という妖精(エルフ)まで従えて、ラージャスタン留学を決めてしまった。この三人では、休戦記念日の祭に行けなかった。
セージが加わり四人になって、それも楽しかったけれど、彼女は才能にあふれているのみならずとてもはっきりした人で、
——私、シフルが好き。
と、アマンダとユリスの前で告げた。それが、アマンダにとっていちばんいけなかった。
(シフル)
アマンダはアレックスと祭の街を歩きながら、懐かしい少年の顔を思いだす。(今、どうしてるのかな。セージも一緒だよね。また、二人してすごい召喚ができるようになったり、してるの……?)
そう考えると、アマンダの胸が痛んだ。単に懐かしいだけではなく、彼らの才能がまぶしく、うらやましい。彼らのような才があれば、自分も一緒にラージャスタンへ行き、一緒に何かを身につけることができた。だが、現実には、自分は六級精霊までしか召喚できないうえ、アレックスとのつきあいに時間と労力を割いているせいでBクラスに落第する始末。
そもそも、アマンダは大切な友達のはずだった三人に嘘をついて、三人から離れた。三人はさぞ呆れたことだろう。自分に好意を寄せていたユリスはともかく、シフルとセージは極力正しいと思うことを貫こうとする人たちだ。セージなんて、最初からシフルひとりが好きで四人組に入ってきたのだから、アマンダの顔すらも忘れているかもしれない。
シフルも。
友達だと思ってくれて、仲よくしてくれたのに、自分は彼を裏切った。彼やセージやユリスに、秘密を知られたくないがために。
——彼はもう、私のことなんか思いださない。
(私は、シフルを拒んだんだもの。アレックスを見張っていくこと、選んだんだもの)
知られたくなかった。
——本当は、ちっともいい子じゃないって。
拒むことで、結局は知られてしまったけれど、それでもまだ、自分が隠し通した秘密を、彼は知らない。セージは聡い人だから、気づかれただろうか? ユリスはどうだろう?
「アマンダ! 来いよ」
人ごみのむこうで、アレックスが呼んでいる。ひとりでぼんやりしていたので、少し怒っているようだった。
(あそこで待っているのが、シフルたちだったらよかったのに)
アマンダは詮ない願望を抱きつつ、喧噪の中を行った。
To be continued.