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​メテオ・ガーデン

03. 理論上、絶対<6>

 エンジュの星〈メモリア〉の解析が進むにつれて、叔父の立体天宮図は徐々に変化していった。

 最初、ほかの数十の星から孤立して存在していたエンジュのメモリアは、まず時代区分によって分類された。大きくは〈古代〉に組みこまれ、同じく古代の星々三十七件とともにまとめられた。すでに生命としての役割を終えた星が墜ちてくるだけに、メモリアは古い時代のものが多く、〈古代〉区分は最多だった。

 それから〈古代〉区分の中でさらに細分化していくのだが、古メサウィラ期のエンジュは、これまで発見されたメモリアではもっとも古かった。星神の力を借りた、と公式の史書にも記述される時代は、神話の時代といっても過言ではなく、細かい時代区分になるとやはりエンジュのメモリアは相変わらず孤独なままだった。地理上の区分としては、のちにメサウィラにとってかわるフロル王国の神官のメモリアなどが発見されており、四件の星々とともにまとめられた。

 そういった進歩にともない、立体天宮図のエンジュの星から線がのび、あるいは線で囲まれていく。もはや孤独な星とはいいがたいものになっていく。共通点によって分類していくことで、配置の規則性を把握し、やがて今を生きる自分たちの星〈メモリア〉の座標を特定する。そして、なんらかの手段でそれをコントロールできるようになれば、もっと人々は人生を願うとおりにすごせる。そのとき占星術は科学になるだろう、と叔父は言った。

 もちろん、それは気長に進めていくタイプの仕事だ。古メサウィラ期の少女エンジュのメモリアを「ひらく」ことは、途方もなく息の長い仕事であると同時に、かつて占星術が科学として成立していた〈アルキス一世の占星術〉の謎を解くきっかけにもなりうる。いうなれば、順当な道筋をたどりながら、ショートカットでスキップする方法も同時進行で試しているようなもの。

 だが、そんな学問上の試みなど、サイレには何の関係もない。叔父の部屋の立体天宮図のなかで回転しつづける、エンジュの星〈メモリア〉。白い光の粒でしかない偽物の星。サイレはもはや、古代でみた本物の空を知っていた。

 本物のエンジュはあの空の下にいた、そして今は叔父のラボで緑色の液体に浸されている。

(どんなにエンジュの過去を『ひらいて』いっても)

 立体天宮図を部屋に投影し、その中でしゃがみこむ少年の手足に、力はない。(今のエンジュはなんの反応もしない、ただの石ころだ)

 これから見せられるエンジュの人生に何があるかは、わからない。もしかしたら、助けてくれた男ザイウスと結婚するのかもしれない。メサウィラでとりたてられているというから、エンジュはアルバ・サイフをむりに振りまわさなくとも生きていくことができるだろう。そうなれば、きっと幸せだろう。

 サイレとはかかわりのないところで、エンジュは生きて死ぬ。サイレはそれを、ただ見せられるだけ。何もできずに、ただ見ているだけ。……

「エンジュに会いたい」

 サイレはひとりごちる。すると、室内照明が全開になり、立体天宮図は消えた。

「会えるぞ!」

 例によって叔父だった。サイレは反射的にあとずさり、背後の壁に頭をぶつけた。

「聞いてたの? 叔父さん?」

「おまえ今のひとりごと、全部声に出てたから」

「……!」

「ともかく」

 叔父は近づいてきて、サイレの目の前でホロ装置を起動する。宙に展開されたのは、大量の文章と図版。論文だ。

「協力しろよ。そうすれば、エンジュに会える」

「会えるわけないじゃないか。エンジュは死んだから星が墜ちたのに!」

「絶対なんかあるもんかい」

 叔父はいつもの飄々とした口ぶりだったが、眼はまったく笑っていなかった。

「ほんとうに?」

「理論上は」

 薄汚れた白衣のオルドネア・モリソンは笑う。

「なあサイレ、あの古代の少女のメモリアは、おまえにとってはやっと会えた恋人かもしれない。今までの彼女っぽい女の子たちとはちがう、おまえがようやく感情を注げる相手だ。

 だが、おまえが熱に浮かされているあいだにも、ありとあらゆる研究が進められている。今まで謎だったティンダルという傭兵村の文化・歴史の解明はそのひとつ。しかし、それはもちろん重要なテーマだが、即座に実用化できるような代物でもないのは事実だ。俺がこれからやろうとしているのは、より実際的な問題の解決。この試みが成功すれば——サイレは恋人に会える」

「何する気? おれは過去の『映像』を見ているだけでしょ?」

「さて、その過去だが。過去というのは、どこにあると思う?」

「は?」

「この問題を解決できれば、人類の悲願——」

 叔父は中庭に出た。中庭から、壁をまっすぐに指さす——そこはまだコリンズワース邸の壁の中にすぎなかったが、その壁を突きぬけていけば、やがてトリゴナルの外壁にたどりつく。

「トリゴナルを出て暮らすことができる。理論上は、『絶対』、実現可能」

 

 

​To be continued.

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