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​メテオ・ガーデン

05. 夢の庭にて<2>

 はじめて会ったとき、この夜の庭で、少年は告げた。

(——わが王)

 エンジュにむかって、手をさしだしながら。(お待ちしておりました)

(わたしは王なんかじゃない)

 エンジュは言下に否定した。

(いいえ、あなたが、わが王です。この庭を訪れるのは、わが王だけです)

(ならば、あなたが王では)

 エンジュはいう。

(わたしが?)

(わたしは今はじめてこの庭に来たの。だから王なんかじゃない。あなたもこの庭を訪れている。あなた自身が王なのでは?)

(わたしには庭園の門はひらけません。わたしはこの果樹園で、なすすべもなく呆然としていることしかできないのです)

 あれを、と少年が指さした先に、石づくりの門があった。

 錆びた鉄の門扉は、かたく閉ざされている。エンジュは、つい今の今まで存在しなかった門が現れたことに驚いて、少年に反論するのを忘れた。

(王よ、開けてくださいますか——その扉を)

(どうして?)

 エンジュは問いかける。(どうして、あなたはこの扉を開けたいの? あなたは、)

 ——あなたは、誰?

 エンジュは、扉のまえに立ち、その骨組みに触れる。

(わたしは——……)

 少年はそういったきり、言葉を失った。

 ——歌が。

 消えた、とエンジュは思った。最初に少年を目にしたとき、少年は歌のようだと思った。しかし、空っぽの少年は、もはや歌をもたなかった。

 だが、エンジュは、

 ——ここにいたい。ここにいなければならない。

 何かにそう命じられるのを感じた。

(あなたが、あなたのことを答えられないなら)

 と、エンジュは告げた。(わたしは、あなたをみる。あなたがみえてくるまで)

 ——わたしはエンジュ。わたしは、ここを訪れる。何度でも、あなたのいるこの庭へ。

 少年は、日ざしを浴びるようにその言葉を浴びたというようなまなざしで、少女を見た。

 

 

「……こんばんは」

「こんばんは」

 風が立ち、波紋が水面にひろがる。風を目で追いかけてから、エンジュは少年の横顔をみる。

 静かな充足——ときどき問いかけが口をついて出そうになり、それをひっこめる。

 訊けば、この夢は終わってしまう。夢から覚めたあと、二度とこの〈星々の庭〉を訪れることは叶わなくなるのではないか、という漠然とした不安。

 彼は、歌。彼は——秘密。

 

​To be continued.

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